鈴木修(スズキ会長)の引退はいつ?トップに君臨40年!嫁は誰で後継者は世襲の息子?












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スズキの鈴木修会長(90歳)の動向が注目されています。40年以上もトップの引退時期、嫁は誰で、後継者の息子などを緊急リサーチです。

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御年90歳、スズキのトップに42年

氏名:鈴木修(すずき・おさむ)
生年月日:1930年1月30日(90歳)
出生地:岐阜県下呂町(現・下呂市)
学歴:中央大学法学部法律学科卒業
職歴:
中央総合銀行(現・愛知銀行)入行
1958年4月、元社長・鈴木俊三の婿養子となり、鈴木自動車工業(現・スズキ)入社
1978年6月、鈴木自動車工業社長
2000年6月、スズキ会長
2008年12月、スズキ会長兼社長
2015年6月、スズキ会長
趣味:ゴルフ(週1回)

スズキ会長兼社長、鈴木修さん(90歳)の進退が注目されています。

鈴木修さんは1930年(昭和5)生まれ。1月30日の誕生日を迎えて、なな何と、90歳になりました。

1978年6月、48歳でスズキ(当時は鈴木自動車工業)の4代目社長に就いてから42年間、文字通り、トップに君臨する「超」ワンマン経営者です。

しかし、さすがに、ここ数年、鈴木修さんの引退時期が、ささやかれています。

たとえ、ご本人に辞める気がサラサラないにしても、90歳という高齢です。物理的な“終わり”が近いのではないかと、見られています。

通常は、そうなる前に、経営の第一線から身を引き、後継者に託すものなんですが、不幸にも、鈴木修さんは、それができないでいます。

その理由を考察する前に、鈴木修さんの来歴をざっとおさらいしてみましょう。

鈴木修の嫁は、スズキ創業者の孫娘

スズキは1909年、静岡県の元大工で機械製作者、鈴木道雄(1887~1982、享年95)によって、自動織機の会社として起こされました。

女系家族で、鈴木道雄は娘を3人、もうけました。鈴木道雄は、経営の舵取りを全てファミリーで固めました。

長女の婿が2代目社長・鈴木俊三(しゅんぞう、1903~77、享年74)、三女の婿が3代目社長・實治郎(じつじろう、1913~94、享年81)です。

鈴木修さんは、俊三の長女の婿です。

旧姓は松田と言い、中央大学法学部を卒業後、中央総合銀行(現・愛知銀行)に入行しました。

そんな元々は銀行員だった鈴木修さんは1958年、2代目社長・俊三に見いだされ、婿養子として長女と結婚。同時に鈴木自動車工業に入社しました。

当時の鈴木自動車工業は、織機製造の町工場からスタートして、オートバイの生産に進出。

さらに、軽自動車の生産も立ち上げた時期で、当時の年間売上高は50億円程度でした。

1977年6月、俊三が死去。10月、鈴木道雄が病気、11月には、實治郎も病気で倒れました。

これを受けて翌1978年6月、鈴木修さんは48歳の若さで、4代目社長に就任しました。

インド進出、業績が7倍増

鈴木修さんは常々、野望を口にしていました。

「どんな小さいマーケットでもいいから、ナンバーワンになりたい。社員たちに誇りを持たせたい」

1982年3月、インド政府との合弁話が持ち上がります。

国民車構想のパートナーを探していたインド政府の調査団が、浜松を訪れました。

鈴木修さんは自ら、建設予定の工場の図面を前に、プレゼンに立ちました。

「金が欲しければ、他の大手メーカーに行ってください。でも、本当に、自動車の製造技術が欲しいなら、私たちが最後まできちんとご指導させていただきます」

鈴木修さんの最後の言葉が、決め手になりました。

「真剣に話を聞いてくれた社長は、ミスター鈴木だけ」

翌1983年から、スズキはインドで生産を開始。

折から、本格的なモータリゼーションを迎えていたインドで、スズキの合弁会社は、業績を急拡大。インドでのシェアが5割を超えました。

その結果、1981年に連結売上高5000億円だったスズキは、2020年3月期に連結売上高3兆5000億円になる見込みです。

39年間で、業績を7倍増に――これが、鈴木修さんの最大の功績です。

これほどの業績を挙げられる経営者は、めったにいません。

ラッキーな面があったのは事実ですが、この結果、鈴木修さんの体制は、盤石になりました。

それにしても、在職42年間は長過ぎでしょう。90歳の会長だなんて、もはや漫画です。

後継者の娘婿が52歳で早世

鈴木修さんの最大の誤算は、後継者に内定していた長女の婿、小野浩孝専務(当時)が2007年12月、膵臓癌のため、52歳の若さで亡くなったことです。

そのときの心情を、鈴木修さんは自著『俺は、中小企業のおやじ』(日本経済新聞出版社)で綴っています。

「スズキの将来を託すべき人材、後継者として期待していただけに、私の喪失感、失望感は言葉で表せないほどでした」

通産省(現・経産省)の元エリート官僚だった小野浩孝さん。その早すぎる死が、鈴木修さんの人生を狂わせてしまったと言っても過言ではありません。

後継者を失った鈴木修さんは“生涯現役”として、スズキのトップに居続けるしかありませんでした。

老害・世襲…次期社長はトヨタから?

2015年、鈴木修さんは、長男・俊宏さん(61歳)を後継社長に指名、自分は会長職だけにとどまりました。

その時点で、鈴木修さんは85歳だったので、そのまま社を去るべきでした。

しかし、鈴木修さんは引き時を見誤り、いまだにトップに居続けています。

近年、鈴木修さんは、記者会見での受け答えに行き詰まるようになりました。

当然ながら、物理的な限界が近付きつつある。車の運転免許だって返上しなければならない年齢なのに、自動車メーカーの経営をまだ続けている、あるいは、まだまだやれると思うこと自体が、どうかしています。

“老害”と指摘されても仕方ない面があります。

折しも、自動運転などの自動車の次世代技術で、スズキは、世界のトップから大きく引き離されています。

将来的には、スズキは、同じ東海地方のトヨタ自動車の傘下に入るしかないでしょう。

そんな激動の時期に、90歳の高齢者の舵取りは無理です。

一刻も早く、ご自分はリタイヤして、社長の器とは言い難い俊宏さんに代えて、後継社長をトヨタから迎えるしかないでしょう。

なので、鈴木修さんの引退時期は、2020年度限りではないかと見られています。

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