吉田昭夫(イオン社長)のWiki風プロフ!嫁や家族と学歴や経歴に抜擢された理由は?












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イオンの新社長に内定した吉田昭夫副社長(59歳)。Wiki風プロフィールや学歴、嫁や家族などをリサーチしました。

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新旧交代、岡田元也社長は憮然

氏名:吉田昭夫(よしだ・あきお)
生年月日:1960年5月26日(59歳)
出身地:非公表
家族:?
学歴:非公表
職歴:

1983年4月 イオン(当時はジャスコ)入社
2005年9月 東北開発部長
2009年9月 イオンリテール関東開発部長
2011年2月 イオンモール国際企画部統括部長
2011年3月 永旺(中国)投資有限公司董事(取締役)
2011年3月 イオンモール中国本部中国開発統括部長
2012年3月 同 中国本部長
2014年4月 同 営業本部長兼中国担当
2014年5月 同 常務取締役
2015年2月 同 代表取締役社長
2015年2月 同 中国担当
2016年3月 イオン執行役、ディベロッパー事業担当
2019年3月 イオン代表執行役副社長、ディベロッパー事業担当兼デジタル事業担当

趣味:ウオーキング

日本最大のスーパーマーケットチェーン、イオン(本社・千葉市)が23年ぶりに、会長と社長の交代人事を発表しました。

3月1日付で、創業家の現社長、岡田元也(おかだ・もとや)さん(68歳)は、代表権のある会長に就任します。

副社長の吉田昭夫さん(59歳)が、新社長に就任します。

2019年3月1日付の人事で、吉田昭夫さんが副社長に昇任した時点で、社長就任は既定路線だったとはいえ、突然の発表で驚かれた方は多いと思います。

というのも、経済紙誌は絶対に書かない(書けない)でしょうが、岡田元也社長といえば、イオンのドン、絶対権力者だったからです。

そもそも、イオンは、三重県四日市市の老舗呉服店の跡取り、岡田卓也さん(94歳)が終戦後の1946年3月、実家の呉服店を改装して再開した〈岡田屋〉が始まりだからです。

その〈岡田屋〉を、岡田卓也さんは一代でオカダヤ→ジャスコ→イオンと、日本最大のスーパーマーケットに育て上げました。

岡田卓也さんは1997年、長男・元也さんをイオンの代表取締役社長に据えました。

このときが、前回の社長人事なので今回、23年ぶりの社長交代となったわけですね。

この社長人事を、創業家の岡田家から見れば、創業74年の家業であるイオンを、人の手に渡したという形になります。

つまり、王位の禅譲です。一種の悔しさ、残念が切り離せないはずです。

事実、発表記者会見での岡田元也さんは終始、不機嫌でした。

記者会見の冒頭、司会者に発言を促された岡田元也さんは、何とも素っ気ない返事でした。

「特にないです」

この瞬間、本来、おめでたい社長人事の発表会見の場が、凍り付きました。

ぶっきらぼうな挨拶で始まった記者会見。

見ると、岡田元也さんは葬式じゃあるまいに、黒と見紛うダークな紺ネクタイを締めています。

普通だったら、新社長発表の席なのですから、パワーを示す赤いネクタイ、あるいはクールな知性を訴える青いネクタイ、さもなくば金に通じる黄色のネクタイを締めるものですよね。

質疑応答でも岡田元也さんは、退任を決めた理由や発表のタイミングについて問われても、憮然(ぶぜん)とした表情で答えるだけ。

「タイミングに意味はない」
「(社長に)なった時から、次には、そう(退任に)なる」

答えをはぐらかす言い方も、目立ちました。

さらに、記者の質問を無視。

――肩の荷が下りたような感じなのか。心境は?
「――――」

最後に“お約束”の新旧社長が手を握り合う写真撮影もなし。

会見場の最前列で、ゆかに胡座(あぐら)をかいて、2ショットを狙っていた報道各社のカメラマンからは、ため息が漏れました。

「えー」「嘘だろー」

大人げない68歳の“暴走”に、周囲も、ぴりぴりムードでした。

イオングループのミニストップの藤本明裕社長でさえ、逃げ回る始末。

「事前に何も知らされていなかった。何もわかりません。何も聞かないでください」

吉田昭夫の出身大学は?嫁や家族は?

一方で、新社長の吉田昭夫さんのプロフィールも、役職以外はなし。

おかげで、申し訳ありませんが、上記のプロフィール欄にも「非公表」と書かざるを得ませんでした。

でも、これには理由があって、イオンは採用でも学歴でなく、人物本位にしています。

出身地、学歴は、派閥が生まれる原因になりますので、イオンは社として非公表なのでしょうね。

ただし、吉田昭夫さんは1983年4月、当時22歳でジャスコ(当時)に入社していますので、常識的に見て、大学卒の新卒で入社したのでしょうね。

出身大学も公表されていませんが、1983年当時は、バブル景気(1986年12月~91年2月)の前期でしたから、東大・京大・一橋・旧帝大・早慶上智の学生は、就職に不利な文学部でもなければ、ジャスコは受験しなかったと思います。

なので、中大、日東駒専、大東亜帝国(大東文化大、亜大、帝京大、国士舘大)、もしかしたら地方国立大が考えられます。

というのも、バブル前期の1983年4月入社組、すなわち1982年秋の就活組は、銀行、総合商社、損保、不動産、通信・広告などが、強気の第1志望だったはず。

次に、東芝、日立、三菱、パナソニック、トヨタ、日産などのメーカー。

残念ながら、流通は、人気が下位でした。中でも、三越、伊勢丹、高島屋などの百貨店ではないジャスコは、かな~り下で、ダイエーと競っていたはず。

これは今でも同じで、就職先としてスーパーマーケットは、あまり人気がありませんよね。

体力的にキツイのと、全国レベルで転勤があるからです。

逆に、体育会の出身者は、スーパーマーケットに志願する人が多いです。

嫁や家族の情報も、同様に現段階では不明ですが、いずれにせよ、何か情報が掴め次第、アップしてゆきたいと思います。

吉田昭夫の起用は、ジュニアへのつなぎ?

話は戻りますが、岡田元也さんが会見で終始不機嫌だったのは、やはり悔しさ、残念があったからだろうと思われます。

岡田元也さんにすれば、岡田家の家業を、長男・尚也(なおや)さん(36歳)=ビオセボン・ジャポン社長=に継がせたかったはず。

ビオセボンはパリ発のオーガニックスーパーマケットで、2016年に日本で発足して、東京・神奈川で16店を展開中です。

しかし、岡田尚也さんは当時31歳だった2015年1月にイオンリテールに入社。2016年11月にビオセボン営業部長に、2019年3月からは社長も兼任と、いまだ修業中の身。

海外留学、外資に就職と回り道をしたため、30をすぎてイオングループに入ったため、岡田尚也さんは十分にキャリアを積めていないんですね。

なので、どうしてもキャリアが浅くて、まだまだイオン本体の社長を任せられないんですね。

岡田元也さんは46歳で、イオンの社長になりました。尚也さんは、あと10年は、キャリアを積まなければなりません。

その間の“中継ぎ”として吉田昭夫さんは、起用されたのでしょう。

ただし、ビジネスの世界は、日産自動車ではありませんが、何が起こるか分かりません。

10年後、吉田昭夫さんやイオン執行部が創業家の岡田尚也さんにイオン社長の座を“奉還”するかどうかは不透明な部分があります。

本当だったら、岡田元也さんの実弟・岡田克也さん(66歳)がリリーフに立てばいいのでしょうが、立憲民主党の代議士とあっては身動きが取れません。

やむなく、岡田元也さんは、社長に吉田昭夫さんを立てて、自分は会長として体力の続く限り、睨(にら)みを利かせ続ける作戦なのでしょう。

エリート中のエリート、社長に抜擢

ライバル他社は、イオンの社長人事をどう見るか。

ある勉強会で親しくなった、流通業界の方に、うかがってみました。

――新社長発表会見で、なぜ、岡田元也さんは不機嫌だったのでしょうか?
「それは、ご自分の権力を譲り渡すわけですから。上機嫌にはなりませんよ。今まで、岡田元也さんは、持ち株会社イオンの8人いる取締役の1人で、会長不在の代表執行役社長兼グループCEOだったわけです。つまり、権力が集中していた。その権力の中でも、最も重要な社長の座を部下に譲るんですから、何となく会社を乗っ取られた気になるんでしょう」

――社長を譲っても、会長でいれば変わりないのでは?
「いえいえ、企業とは、対外的な交渉が重要ですから。持ち株会社の会長は、どうしたって名誉職的な性格を帯びてきます。実務を切り盛りする、決裁するのは社長なので」

――吉田昭夫さんは、どんな方ですか?
「吉田さんは、イオンモール出身の人です。ご承知の通り、持ち株会社イオンは、いわゆるスーパーマーケット部門のイオンリテールと、ショッピングモールのイオンモールが車輪の両輪、実働部隊となっています。その中で、吉田さんは後者のモールに携わってきた。しかも、新モール開発を担うディベロッパー事業担当です」

――それって、エライんですか?
「エリート中のエリートですよ。流通業って、新規開発が重要で、面白いんです。ショッピングモールを造る場所を見つけて、銀行と連携して、地権者と交渉して。新しいモールは、どんな建物にして、どんな店を置こうか、どんな売り場にしようかと構想するのが楽しい、だいご味なんです。それに比べれば、既存店舗の管理・運営なんてルーティンで、つまらない仕事なんです。誰だって、野菜売り場で野菜を売るより、新店舗の構想を手がけたいですよね。だから、流通業では、モールのディベロッパー担当なんて、人もうらやむエリートのポジションなんですよ」

――吉田昭夫さんは、デジタル事業担当でもありますが。
「それも、エリートの証(あかし)です。キャッシュレス時代、無店舗が主流になってゆくだろう時代の、最前線の仕事。これからのイオンの未来を決める仕事と言っても、差し支えないです。岡田さんの期待がうかがえますよね。社長に抜擢された理由でしょう」

――吉田昭夫さんが社長になって、イオンはどう変わってゆきますか?
「あまり大っぴらに言いたくないんですが、今の日本で、流通業は、成長の望めない斜陽産業です。高コストで利幅の薄い、労働集約型のビジネスです。働く人たちにとっては、、低賃金で、過重労働のブラック職場です。それは、どこの会社も一緒です。だから、吉田さんが社長になったからと言って、特に変わらないでしょう。昭和の高度成長期じゃあるまいし、1人の経営者が、采配で会社を繁栄させる時代は終わったんです」

――イオンと創業家との関係は、どうなるでしょうか。
「1つの家族が、会社を支配する時代じゃありません。イオンはいずれ、経営から岡田家を切り離さなければなりません。これは、会社としての必然です。それが、執行部の造反になるのか、それともメーンバンクのみずほ銀行主導になるのか、分かりませんが、将来的には必ず、そうなります。吉田さんは、過渡期のイオンを率いる形になるでしょう」

うーん、なるほど。何か、分かった気がします。

岡田元也さんにとっても、新社長の吉田昭夫さんにとっても。厳しい舵取りに変わりはありません。

「めでたさも中ぐらいなりおらが春」岡田元也さんも、吉田昭夫さんにとっても、必ずしも手放しで喜べる人事ではなかったんですね。

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