鍋谷友理枝のゴーグル着用の理由は?サーブの切り札で素顔はかわいいと評判!












スポンサードリンク




バレーボール全日本の鍋谷友理枝選手(25歳)。ゴーグルを着用する理由や評判、かわいいと評判の素顔などをリサーチしました。

スポンサードリンク

黒ゴーグルの“バットマン”

氏名:鍋谷友理枝(なべや・ゆりえ)
生年月日:1993年12月15日(25歳)
出身地:川崎市
家族:父・昌道さん(51歳)、母・美奈さん(50歳)、弟
学歴:私立小野学園小学校(2020年度から品川翔英小学校)卒業、私立淑徳SC中等部(偏差値36~37)卒業、私立東九州龍谷高等学校(偏差値40~61)卒業
身長:176センチ
体重:55キロ
所属:デンソー・エアリービーズ
ポジション:ウイングスパイカー(WS)
利き手:右
指高:224センチ
スパイク最高到達点:302センチ
ブロック最高到達点:288センチ

連日、熱戦が続くバレーワールドカップ2019。東京五輪2020の女子バレーの前哨戦として、世界中から注目されています。

そんな中、全日本〈火の鳥JAPAN〉の出場選手14人(黒後愛選手はケガでベンチ外)の中で、たった1人だけ変な黒いゴーグルを掛けた選手が目立ちます。

「誰だろう?」「ん、バットマン? ミニオン?」

そう思って、スマホで調べた方も多いんじゃないでしょうか。

ゴーグルを掛けた選手は背番号「11」、全日本のサーブの切り札、鍋谷友理枝選手です。

いや、もう目立つこと。試合前のトス練習から、1人だけ浮き上がっています。

試合になると、もっぱら背番号「5」荒木絵里香(あらき・えりか)選手(35歳)に代わって、ピンチサーバーに立ちます。

荒木絵里香選手のサーブは、クイックほど切れ味が鋭くありません。

代わった鍋谷友理枝選手は、サーブのスペシャリスト。招き猫みたいな打ち方で、コーナーや、マークした選手を狙ってピンポイントで鋭角に落ちるサーブを決めてきます。

黒いゴーグルといい、何だかバットマンみたいで、ヒーローっぽいですよね。

 

鍋谷友理枝は目を負傷、予防でゴーグル着用

鍋谷友理枝選手が、黒のゴーグルを掛けて試合出場するようになったのは、2019年6月12日(水)、東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで行われたネーションズリーグ(旧ワールドグランプリ)、対セルビア戦です。

4月末の合宿中に、至近距離から右目に球を受けて「網膜震盪(もうまくしんとう)症」で全治1カ月と診断されました。

『南山堂医学大辞典』などによると、網膜振盪症とは、眼球打撲による傷害です。目にボールが当たったり、転倒して目を打ったり、急激な外力が加わることで、網膜が傷つきます。

打撲の程度により、目の奥や周辺の網膜が、乳白色に混濁してきます。

網膜震盪症自体は、自然に治癒するので、特に治療の必要はありません。

しかし、網膜に黄斑円孔(おうはんえんこう)という小さな穴が開いた場合、1~
3カ月程度、様子を見守ります。

50パーセントの確率で黄斑円孔は自然に塞(ふさ)がりますが、塞がらなかった手術を行います。

4月末に負傷した鍋谷友理枝選手は、6月の試合前に、網膜震盪症は治っていたはずです。

しかし、大事を取って、予防のため、ゴーグルを着用して出場しました。

ゴーグルを着けたら大活躍

その試合――。

鍋谷友理枝選手は第1セット、8点ビハインドの苦しい状況で途中出場しました。

中田久美監督(54歳)は、鍋谷友理枝選手の抜擢(ばってき)の理由を、こう説明しています。

「速いトスを、打ち切れる」

起用に応え、代わった直後、鍋谷友理枝選手は、いきなりサイドからスパイクを決めてガッツポーズ。

その後、チームは生き返ったように流れが変わり、第2セットから3セット連取して逆転勝ちしました。

「とにかく、流れを変えたい一心だった。自分の持ち味であるテンポの速い攻撃で、雰囲気を変えられてよかった。(16得点について)こんなに取れるとは思わなかったので、びっくりした」

中田監督も、手放しで高評価です。

「鍋谷が途中から入って、流れを変えてくれた。助けてもらった」

以来、ゲン担ぎで、鍋谷友理枝選手はゴーグルを着用しているんですね。

全日本最軽量の体重55キロ

しかし、ゴーグルを着けない素顔の鍋谷友理枝選手は「かわいい」と評判です。

ちょっとボーイッシュでクールな雰囲気で、アスリートには珍しく細身です。

何と、身長は176センチなのに、体重は55キロしかありません。

誰ですか、「私より背が高くて、私より体重が少ない」なんて言ってる人は(笑)。

実際、鍋谷友理枝選手は火の鳥JAPANで、身長165センチ、リベロの山岸あかね選手(28歳)と並んで、最も体重の少ない選手なんですよ。

バレーと無縁、お受験で私立小に

鍋谷友理枝選手は川崎市出身、東京都大田区育ち。

父・昌道さん(51歳)は法政二高から青学大、実業団でプレーした元バレーボール選手。

法政二高時代、1984年の春高バレーで決勝に進み、崇徳(広島)に敗れて準優勝しました。

母・美奈さん(50歳)は、旧姓・藤森。八王子実践高からやはり青学大でプレーした元バレーボール選手です。

1985年の春高バレー、美奈さんはセッターとして1学年上のエース大林素子さん(52歳)を助けて決勝に進出、古川商(宮城)に敗れて、こちらも準優勝でした。

そんなサラブレッド家系に生まれて、鍋谷友理枝選手は、幼い頃からエリート特訓を受けてきたかと思いますが、違います。

鍋谷友理枝選手は、バレーボールとは関係なく、お受験をして、東京都品川区の私立小野学園小学校に入学しました。

鍋谷友理枝選手は特にバレーボールをする気はなかったのですが、小1のとき、学校にバレーボール部ができました。

3年になって、昌道さんがバレーボール部のコーチをしていた関係もあって、入部しました。

それ以前に、ママさんバレーをしていた美奈さんの試合観戦、応援に自転車で、大田区体育館に通っていました。

そんな環境で、バレーボールを始めてみたら、やっぱり才能が開花した感じですね。ちなみに、弟さんはバレーボールはしていません。

鍋谷友理枝選手のいた小野学園は私立小学校の女子として、初めて都大会に出場。

東京から大分へ、バレーボール留学

中学に進み、バレーボールを続けていると、大分県中津市の強豪、東九州龍谷(りゅうこく)高校から勧誘されました。

女子バレーボール部の2年生だった比金桃子(ひがね・ももこ)選手(26歳)=トヨタ車体クインシーズ=のお父さんが、昌道さんの法政二高時代の先輩だった関係で、誘われたんです。

名監督、相原昇(あいはら・のぼる)さん(51歳)率いる東九州龍谷高校は、女子バレーボール界の名門で、全国優勝は計17回(高校選手権6、国体4、インターハイ2、選抜5)です。

東京育ちの鍋谷友理枝選手は、バレーボールで全国優勝するために九州の高校に進学したんです。

その甲斐あって、高3のとき、鍋谷友理枝選手は主将として2012年全日本バレーボール高校選手権大会で優勝、自らも優秀選手賞を獲得しました。

2012年、高校卒業後はデンソー・エアリービーズに入団、以来、中心選手として活躍を続けています。

また、2012年9月のアジア杯で日本代表に選出。2013年10月の世界U23女子バレーボール選手権で、代表として初出場しています。

今季の2018/19シーズン、鍋谷友理枝選手はデンソー・エアリービーズのゲームキャプテンを務めています。

そんなマスクマンの鍋谷友理枝選手、さらなる活躍を楽しみに期待したいと思います。

古賀紗理那(バレーボール)の出身中学・高校や家族は?かわいいと評判で彼氏の噂も調査

スポンサードリンク

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください