巨人の上原浩治投手が現役引退!嫁や息子の名前や年齢にラスト登板はいつ?












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巨人の上原浩治投手(44歳)がシーズン途中での現役引退を表明しました。今季、一度も1軍昇格のない球界最年長右腕。実力の限界を感じ、球団側に引退の意思を伝えました。日米で活躍した功労者の嫁や息子、引退試合やラスト登板の日程などをリサーチしました。

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44歳の決断「若手にチャンスを」

44歳の球界最年長投手が、プロ21年目のシーズン途中で、自らユニホームを脱ぐことを決めました。上原浩治投手は1軍昇格に向けてファームで調整を続けてきましたが、自らの実力の限界を感じ、球団側に引退の決意を伝えました。

日米で活躍した功労者を球団側は慰留しましたが、上原浩治投手は、

「自分の代わりに、若手にチャンスを与えてほしい」

本人の意向は固く、球団側も意思を尊重し、了承しました。20日にも、東京都内で引退会見が開かれます。

最後のマウンドとなったのは、5月3日に東京・ジャイアンツ球場で行われたイースタン・リーグのロッテ戦です。

8回から登板。今季限りで引退する同学年の福浦和也内野手(43歳)と対戦して右飛に打ち取ったものの、香月一也内野手(23歳)から本塁打を浴びるなど1回1失点。

上原浩治投手は、試合後に投球を振り返って、苦笑い。

「ストレートを簡単に持っていかれました」

その後は実戦から遠ざかり、19日は2軍の遠征にも同行せず、残留練習をしていました。
結局、今季1軍登板はなく、イースタン・リーグ9試合で投げて0勝0敗、防御率4.00でした。

「2軍で抑えられないようじゃ、1軍では抑えられない。辞めるなら、チームに迷惑をかけたくない。若手の投げる機会を奪いたくないから」

上原浩治投手は、5月中旬に、球団側に引退の意思を伝えました。球団側はシーズンを全うするよう提案しましたが、上原浩治投手の意思は固く、最後はベテランの希望に添う形で了承しました。

「やっぱり1軍に上がっている選手は、ちゃんと2軍で抑えている。抑えてない俺にチャンスがあるワケない」
「野球が進化してる。高卒の選手が150キロ超えをポンポン投げてる。そりゃ、140キロ出ない俺は通用しないよ」

球速こそ出なくても、クレバーな投球術でカバーしてきました。スピンの多い球で、対戦打者を抑えてきました。

だが、ここに来て、直球の威力が衰え、伝家の宝刀・フォークを生かすことも難しくなっていました。

2018年は「メジャー以外は引退するつもり」という発言を撤回し、開幕直前の3月に巨人に10年ぶりに電撃復帰しました。

シーズンを0勝5敗で終えると、現役続行を目指して、10月に左膝のクリーニング手術に踏み切っていました。

自由契約を経て、再契約。エース菅野智之投手(29歳)が背番号「18」を継承したことで、今季は慣れ親しんだ「19」で再起を期していました。

キャンプ不参加で急造で臨んだ昨季とは違い、今季は2軍キャンプで、じっくり左膝の状態を見極めながら、投げ込みを続けました。

オープン戦終盤の3月23日から2試合連続で1軍登板を果たしましたが、開幕は2軍スタート。2軍生活が続き、モチベーションを維持するのも困難でした。

シーズン終了まで格闘する選択肢もありました。でも、日頃から口にしていた“引き際”のタイミングが訪れました。

「1年1年じゃない。1日1日が勝負」
「ファームで俺が1イニング投げれば、その分、若手の投げる機会が減る。時が来たと思ったら、スパッと身を引かないと。それが後輩のため、チームのためだと思うから」

日本で沢村賞に2度輝き、大リーグではワールドシリーズ制覇のクローザーとしても輝きました。昨季、日本人としては初、世界で2人目となる日米通算100勝100セーブ100ホールドの「トリプル100」を達成したレジェンドが、静かにボールを置きます。

上原浩治が一目惚れ、猛アタック

氏名:上原浩治(うえはら・こうじ)
生年月日:1975年4月3日(44歳)
出身地:大阪府寝屋川市
学歴:寝屋川市立第十中学校卒業、東海大学付属仰星高等学校卒業、1浪後、大阪体育大学卒業
身長:187センチ
体重:87キロ
守備位置:投手
投打:右投げ右打ち
趣味:NFL観戦 ラグビー観戦 有名プロ野球選手のグッズ収集 ゴルフ

上原浩治さんは1998年、逆指名のドラフト1位で巨人入団。

1年目に最多勝(20勝)、最優秀防御率(2.09)、最多奪三振(179)、最高勝率(.833)で沢村賞、新人王、ベストナイン、ゴールデングラブ賞に輝きました。

2002年は17勝で2度目の沢村賞。2004年アテネ五輪(銅)、2006年WBC(優勝)、2008年北京五輪(4位)を経て、2008年オフにFAでオリオールズ移籍。

レッドソックス時代の2013年には抑えとしてリーグ優勝決定戦MVP、ワールドシリーズを制覇しました。

大リーグ4球団でプレーし、巨人復帰。昨季は7月に日本人初の日米通算100勝100セーブ100ホールドを達成しました。昨季の最終登板時の43歳5カ月は巨人の球団最年長出場です。

私生活では2004年9月13日、1歳上のモデル山崎美穂さん(44歳)と結婚。

美穂さんは大手企業のキャンペーンガールやレースクイーンを務めていましたが、上原浩治投手と知り合ったときには、すでに芸能界を引退。

しかし、上原投手と知り合ったときにはすでに芸能界を引退、

ウエブ関連の会社に勤めて、巨人の公式ウエブサイトのリポーターをしていました。

東京ドームでの巨人戦には必ず来ていた美穂さん。巨人の若手選手との食事会で2人は出会いました。上原浩治投手が美穂さんに一目惚れして、猛アタックで口説き、交際がスタート。

わざわざ、美穂さんの誕生日に入籍するほどの愛妻家です。

2006年3月20日には、長男・一真(かずま)さん(13歳)が誕生。折しも、上原浩治投手は、この大会で2敗を喫していた韓国との準決勝に先発登板。美穂さんが陣痛と闘っているとき、7回を無四球無失点の快投で、勝利を呼び込みました。また大会最多の16奪三振も記録。

「息子と嫁は英語で会話」

2歳で米国に渡っただけあって、一真さんは英語がとても堪能です。

レッドソックス時代の2013年、上原浩治投手がリーグ優勝決定シリーズでMVPに輝いた時には、大観衆の前で、英語でインタビューに応じて、全米で大人気になりましたね。

女性インタビュアー「お父さんは、吐きそうだったと言ってるけど?」
一真「I don’t know(知らないよ)」
女性インタビュアー「お父さんが投げているときは、どうだった?」
一真「Exciting!(ワクワクした!)」

英語の得意な一真さんを問われて、上原浩治投手は、

「そうですね、もうほとんど外国人ですね(笑)。実際、家では、息子と嫁が英語で会話するんですね。みんな日本人のはずなのに、僕だけが、日本語で話している(笑)」


 

2歳から11歳まで、米国で過ごした一真さん。現在は、母・美穂さんと共に日本で暮らしていると思われますが、得意な英語を生かした仕事に就けるといいですよね。

引退を決めて時間が持てるようになった上原浩治投手。今度こそ、美穂さんや一真さんと向き合う時間が得られるのかもしれません。

引退試合やラスト登板のスケジュールは現時点では、まだ正式に決まっていません。しかし、あれほどの大投手ですから、セレモニーなしとは考えられません。

今シーズン好調で首位を行く巨人の最終順位とも関連するでしょうが、優勝を逃した場合はシーズン最終戦で、優勝した場合は2020年春のオープン戦でラスト登板が見られるのではないでしょうか。

具体的な日程が決まり次第、ここに追記してゆきますね。

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