香川真司が燃えた筋ジス青年との約束!ロシアW杯の感動ゴール秘話












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やった、日本! サッカーのロシアW杯で強豪コロンビアを破り、8年ぶりの勝利を挙げた日本代表。次戦のセネガル戦も引き分け、3戦目のポーランド戦で引き分け以上で、決勝トーナメント進出決定です。

そんなサムライブルーの大活躍の立役者となった香川真司(かがわ・しんじ)選手(29歳)のゴールを、涙ながらに応援する難病の青年がいるんです。「友よ見たか、俺のゴールを!」。香川真司選手を奮い立たせた難病の青年との約束とは? 何ていい奴、香川真司選手と難病青年とのきずなとは? 感動秘話の緊急リサーチです。

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「僕に生きる力をくれた!」

6月19日(火)21:00から、モルドヴィアアリーナで始まったロシアW杯グループH、日本-コロンビア。

前半3分、大迫勇也(おおさこ・ゆうや)選手のシュートのこぼれ球に反応した香川真司選手は、ダイレクトでシュート。

たまらず、コロンビアDFカルロス・サンチェス選手は、手を出して、ボールを止めてしまいます。

レフェリーの判定は、レッドカード。カルロス・サンチェス選手は退場、日本にペナルティーキック(PK)が与えられました。

香川真司選手は、ボールを掴(つか)んだまま離さず、PKを蹴ります。

頭を過(よ)ぎったのは2015年アジア杯準々決勝のアラブ首長国連邦(UAE)戦でのPK戦。6番目として放ったシュートを左ポストに当てて外し、チームは敗退しました。試合後、香川真司選手は涙ながらに「申し訳ない」と語りました。

でも、この日の香川真司選手は違いました。

クールな表情でボールをセットすると、フェイントを掛けて相手GKの動きを冷静に見極め、逆を突いてグラウンダーのシュートを流し込みました。

「日本、ゴール、ゴール!」

香川真司選手は吠(ほ)え、コーナーポストの芝へと歓喜のスライディングです。

その瞬間、6874キロも離れた金沢市の国立病院機構医王(いおう)病院の6人部屋で、ベッドで呼吸器を付けたまま、涙を流して喜ぶ青年がいました。

定田和希(じょうだ・かずき)さん(22歳)。筋ジストロフィーという難病のため、定田和希さんは、もう8年も、この病室で入院しています。

「香川真司選手は、いつか必ずやってくれると信じていました。勝利の瞬間は、喜ぶよりも固まってしまいました。ずっと、この日を待ち続けていました」

香川真司選手の心の叫びが聞こえてきそうでしたよね。

「もう俺は、上手いけれど弱かった自分じゃない。3年前のもろかった男ではない。君に会って、病気と闘う君の姿を見て、俺は本当の勇気を知ったんだ。友よ見たか、俺のゴールを!」

香川真司選手が輝きを再び取り戻した大活躍の裏には、寝たきりの定田和希さんとの固い約束、友情があったんです。

6歳で発症、8歳で車いす生活に

定田和希さんは、福島県いわき市の出身です。

6歳のとき、2002年日韓W杯が開催されました。

定田和希さんは出場国や地域、民族、選手などに興味を持ち、いろいろ調べるようになりました。

それがきっかけで、定田和希さんはサッカーが大好きになり、Jリーグや海外サッカーの試合もチェックするようになりました。

しかし、幼稚園の卒園直前の6歳に、筋ジストロフィーを発症しました。

筋ジストロフィーとは、全身の筋肉が次第に衰えてゆく病気です。根本的な治療法はありません。遺伝により、幼児期に発症して、20代で亡くなるケースが多い病気です。

定田和希さんは8歳で、車いすで生活するようになりました。

サッカーが大好きで、大好きで、自分の足で思い切りボールを蹴りたかった時期なのに、サッカーの楽しみが奪われてしまったのです。

2010年、14歳のとき、今いる医王病院に転院しました。

以来8年間、ずっと同じ病室にいます。

体調を崩し、時には何カ月も寝たきりの生活を送らなければなりませんでした。

〈メイク・ア・ウィッシュ〉との出会い、夢のスタジアムへ

そんなある日、定田和希さんは、病院のスタッフさんから〈メイク・ア・ウィッシュ〉の存在を聞いたのです。

〈メイク・ア・ウィッシュ〉とは、米国生まれのボランティア団体で、難病と闘っている子どもたちに、夢を実現するお手伝いをしています。

すでに、定田和希さんは両手の指しか動かせない状態になっていましたが、〈メイク・ア・ウィッシュ〉の北陸支部へメールを打ったのです。

「元気なうちに、スタジアムでサッカー試合を生で観戦したい」

半年後の2012年9月6日、定田和希さんの夢が実現しました。

新潟市の東北電力ビッグスワンスタジアムで行われた国際親善試合キリンチャレンジカップ2012、日本-UAE戦。

定田和希さんは、父・誠さんや〈メイク・ア・ウィッシュ〉のスタッフに付き添われ、憧れのスタジアムを訪れたのです。

4万2000人の観衆の応援する中、ピッチの上には、定田和希さんの大好きな香川真司選手や本田圭佑(ほんだ・けいすけ)選手(32歳)の姿もありました。

生まれて初めて肌で感じた熱気の中で、定田和希さんの眼前で、選手たちは縦横無尽に走り回りました。

「生で見る選手たちの動きって、本当にすごい。90分間は、あっという間でした」

その日の試合は69分、ハーフナー・マイク選手(31歳)のヘッディングシュートの1点で、どうにか辛勝しました。

試合後、代表メンバーから定田和希さんに思いがけないプレゼントがありました。

試合当日のパンフレットのメンバーの顔写真に、それぞれのサインが書かれたものが定田和希さんに贈られたんです。

「この日のサイン入りパンフレットは、僕の一生の宝物です」

香川真司選手たちの思いは、定田和希さんの人生を変え、生きる力を与えてくれたんです。

同時に、香川真司選手たちは、思い通りにならなかった自分たちのプレーに歯ぎしりしたでしょう。悔しかったでしょう。

とりわけ、ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドに移籍したばかりの香川真司選手は、不自由な身体で病気を押して見に来てくれた定田和希さんにもっと、もっとゴールを見せてあげたかったはず。

前年に起こった東日本大震災。1995年の阪神大震災で被災した香川真司選手は、東北の被災地の子どもたちへの支援をずっと続けています。

阪神大震災の後、神戸市立乙木(おとぎ)小学校に入学した香川真司選手を、キングカズこと三浦知良(みうら・かずよし)選手(51歳)が激励に訪れ、香川真司選手が勇気をもらったエピソードは有名です。

2017年10月には、香川真司選手は、マンチェスター・ユナイテッドで同僚だったスペイン代表フアン・マタ選手(30歳)の設立した慈善団体〈コモンゴール〉にアジアから初めて参加を表明、自らの報酬の1パーセントを寄付することを決めました。

香川真司選手は、やはり何かを持っている熱い男だと思います。

7年越し感動ゴール「もう一度スタジアムで見たい」

しかし、定田和希さんの応援もむなしく、2014年W杯ブラジル大会で、日本はコロンビア、コートジボワール、ギリシャと同じグループCに。

日本は1分2敗のグループ最下位で、去ることになりました。

香川真司選手自身も無得点です。

今回の雪辱の相手、コロンビアには4-1で完敗でした。

定田和希さんが初めてリアルの香川真司選手を見た2012年から、実に7年越しで、香川真司選手は“約束のゴール”を果たしたのでした。

定田和希さんは、再び香川真司選手の雄姿を見ることを夢に見ています。

「コロンビア戦では、ようやく香川真司選手のパスが流れるようにつながってゆく試合を見ることができて感無量でした。

ずっと、そんな日を待ち続けてきたように思います……。

呼吸器を外せないので、なかなか遠くまで行けませんが、いつかもう一度、日本代表の試合をスタジアムで見たい」

香川真司選手も書いてくれたサイン入りパンプレットを胸に、定田和希さんは日本代表を、香川真司選手を応援しています。
めっちゃ感動しました。つい、うるっと来てしまいましたヨ。

頑張れ、日本!

頑張れ、香川真司選手!

頑張れ、定田和希選手!

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