市川海老蔵と小林麻耶が別れ?麻央の納骨を機にマンションを出た!












スポンサードリンク




乳がんで亡くなった小林麻央(こばやし・まお)さん(享年34)の実姉で、“麻耶ママ”こと麻耶(まや)さん(38歳)が、麻央さんの納骨を機に、同居していた歌舞伎役者・市川海老蔵(いちかわ・えびぞう)さん(39歳)のマンションを引き払いました。

2人は、別れる選択をしたのでしょうか? 再婚の可能性は消えたんでしょうか? 麗禾(れいか)ちゃん(6歳)と勸玄(かんげん)くん(4歳)の“ママ代わり”は、どうなっちゃうんでしょうか? 緊急リサーチです。

スポンサードリンク

9月15日に、小林麻央の納骨式

東京都港区にある青山霊園。

一画に、2013年に亡くなった市川海老蔵さんの父、12代目市川團十郎(だんじゅうろう)こと堀越夏雄(ほりこし・なつお)さん(1946~2013、享年66)らが眠る成田屋(なりたや)の墓があります。

9月5日(火)、墓前で小林麻央さんの〈七十五日祭〉が執り行われ、遺骨が納骨されました。

『豊愛尚興姫命』

墓石には、新しく、こう刻まれています。75日前の6月22日、この世を去った小林麻央さんの諡名(おくりな)です。仏教の戒名に相当するものです。

「とよえまおこひめのみこと」と読むのではないでしょうか。〈まお〉の2字が巧みに読み込まれていますね。

納骨式には、黒の喪服姿の市川海老蔵さん、ワンピースを着た麗禾ちゃん、制服姿らしき勸玄くんら10人が参列しました。

市川海老蔵さんは神妙な面持ちで、子どもたちもはしゃことなく、手を合わせていました。

納骨式から戻ったあと、市川海老蔵さんは、ご自身のブログに、こう綴(つづ)っています。

「空を眺めてます。

人の生涯は
わからない、
わからない事が多いです。。

切り開くものなのか?
最初から決まっているものなのか?

様々な想いの中、、
ロマンに生きてみたい、、
そう感じています」

一方、小林麻耶さんのほうは、ブログでこう書き記しています。

「本日、納骨を終えました。
今日は、
汗ばむ陽気でしたが、
時おり吹く風が心地よく
妹が、
みんなを優しく
包んでいるのかなと
思えました」

台風のさなか、麻耶ママは「別れの朝」

しかし、2人のブログには、はっきりと書かれていない事柄があります。

3連休の中日、9月17日(日)。

台風のさなか、市川海老蔵さんは麗禾ちゃん、勸玄くんを連れて、東京・板橋のシアターにアニメ映画を見に行きました。

時期的にみて、〈イオンシネマ板橋〉で11:10~13:00の『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』を見たのではないでしょうか。6歳の女の子と4歳の女の子が、共に楽しんで見られそうねアニメ映画ですよね。

ちょうど前日の9月16日(土)、市川海老蔵さんは岩手県平泉町(ひらいずみちょう)で「市川海老蔵 平泉歌舞伎」を公演したばかりです。

しかも、翌18日(月・祝)には、奈良県吉野町(よしのちょう)で「市川海老蔵 金峯山寺(きんぷせんじ)奉納舞踊公演」が控えています。

多忙なスケジュールを縫っての、家族サービスでした。

アニメ映画を見終わったあと、市川海老蔵さんは、子どもたちのリクエストに応(こた)えて、東京ディズニーランドに足を延ばして、遊んだんです。

子どもたちにすれば、ポケモンからディズニーという夢のような“フルコース”ですよね。

市川海老蔵さんは、ブログに、こんな風に書いています。

「次の目的地を言われてます。
が、
土砂降りなので、
あかーん。
と言ってます…」

「つーいた
わかりますか?
そうです。
夢の国です。
行ってきま~す」

「ディズニーランドの新しい楽しみ方見つけてしまった、
メリーゴーランドでもティーカップでも何でも良いのですが、
乗っている人の笑顔!
これを見る事が
ディズニーランドの最高の楽しみ方の様に感じました」

一方、小林麻耶さんのブログでは、こう綴られています。

「三連休、いかがお過ごしですか!?
2017年 9月17日 日曜日
ハートを大切に過ごします」

このさりげないブログ記事の意味が、分かりますか?

“麻耶ママ”こと小林麻耶さんは、麗禾ちゃんと勸玄くんの“家族の休日”に付いてゆかなかったんですよ!

翌9月18日、小林麻耶さんは、こう書き綴ります。

「Mステを見ながら
歌ったり、踊ったり
のんびりしたり、おひとりさまを満喫。
そして、夜から久しぶりのエステ」

「久しぶりの」「おひとりさま」……説明するまでもありませんよね。

9月17日、台風のさなか、市川海老蔵さんが朝から麗禾ちゃんと勸玄を連れて“家族の休日”を満喫している間に、“麻耶ママ”は母・春美さんと共に、市川海老蔵さんのマンション〈グロブナープレイス神園町(かみぞのちょう)〉(東京都渋谷区代々木神園町〈よよぎかみぞのちょう〉)を引き払ったんです。

繰り返します。9月5日に小林麻央さんの納骨式を終えて、一区切りがついたので、翌々週の3連休の中日に、小林麻耶さんと春美さんは、麗禾ちゃんと勸玄くんのいない時間に市川海老蔵さんのマンションの部屋を出たんですね。

このマンションには、市川海老蔵さん一家が、東京都目黒区青葉台の自宅が手狭になったので、2017年2月下旬に引っ越して以来、小林麻耶さんと春美さんが1室に泊まり込んで、麻央さんの闘病生活を支えてきました。

それが納骨を機に、小林麻耶さんと春美さんは退去しました。

これの意味するものは何か?

市川海老蔵さんは、19億円とも言われる巨額の借金を肩代わりしてくれている松竹関係者からも含めて、小林麻耶さんとの再婚を勧められてきました。

聞くところでは、松竹関係者は、

「ヘンな女に後妻に入られるぐらいなら、小林麻耶さんと再婚してほしい」

とまで、語ったと伝えられています。

「ヘンな女」とは、過去に市川海老蔵さんとの交際が伝えられ、2016年12月に離婚した女優・米倉涼子(よねくら・りょうこ)さん(42歳)を指すことは明らかです。

“勤務先”の松竹関係者にまで再婚を勧められたのに、どうやら、市川海老蔵さんは、小林麻耶さんとの“別れ”を選択したのでしょうか。

64歳のおばあちゃんに“ママ役”は絶対に無理!

小林麻央さんが亡くなってから、小林麻耶さんは“麻耶ママ”として、子どもたちの世話を続けてきました。

幼稚園への送り迎えはもちろん、ママ友たちとのおしゃべりに花を咲かせていた“麻耶ママ”。話題の中心は、いつも幼児教室や習い事。嫁姑(しゅうとめ)問題で相談を受けるときもあったそうです。

6月22日に小林麻央さんが亡くなってから2日後の6月24日(土)、“麻耶ママ”は悲しみをこらえて、秋に“お受験”を控える麗禾ちゃんを青山学院初等部のオープンスクールに連れて行っています。

麗禾ちゃんのバレエの発表会では、“麻耶ママ”は最前列で盛大な拍手を送りました。

発表会が終了した途端、“麻耶ママ”は勸玄の手を引っ張って、全速力でトイレに向かいました。

その姿は、真剣な母親そのもので、わたしもいつしか、市川海老蔵さんが小林麻耶さんと再婚すればいいな、とも思ったものです。

「実は、小林麻耶さんと市川海老蔵さんの出会いのほうが、先だったんだよ」

と教えてくださった方もいます。

それを、小林麻耶さんは「世界一愛(いと)しい存在」の麻央さんに、市川海老蔵さんを譲ったという説もあります。

ご承知の通り、歌舞伎役者さんは、独身では務まりません。

しかも、市川海老蔵さんは歌舞伎界のメーンストリーム〈成田屋〉を背負う存在。

歌舞伎役者を陰から支える、お内儀(かみ)さんの存在は、必要不可欠です。

さらに、勸玄くんの歌舞伎役者としての教育、成長も見てあげなくてはなりません。

もともと、歌舞伎好きの小林麻耶さんは、ピッタリの存在だと、誰もが思っていたはずです。

逆に、麗禾ちゃんと勸玄くんからすれば、“麻耶ママ”以外の女性が母代わりを務めるなんて“悪夢”そのものでしょう。

市川海老蔵さんの母・希美子(きみこ)さん(64歳)が、麗禾ちゃんの小学校入学式に出席したり、授業参観をしたり、運動会に参加したりするのでしょうか。

はっきり言って、無理! 60すぎの婆(ばあ)さんが、小学生の“ママ”だなんて――それだけで、いじめの対象になりかねませんよ!

ましてや、血縁のない米倉涼子さんが「私、失敗しないので」と継母(ままはは)になったら――いや、もう絶対に考えたくないですよ。

市川海老蔵と小林麻耶が別居した真の理由は?

では、なぜ、市川海老蔵さんは“ママ”にピッタリな小林麻耶さんと別居したのでしょうか。

考えられる理由は、いくつかあります。

第1の理由は「男としてのケジメ」です。

このままズルズルと、小林麻耶さんが、麗禾ちゃんや勸玄くんたちと同居し続ければ、女性としての幸福を奪ってしまいかねません。

年齢的にも、小林麻耶さんは、すでにマル高出産のカテゴリーです。今すぐ、誰かと結婚して、子どもを産んでも遅いぐらいなんです。

しかも、小林麻耶さんは、麻央さんの闘病中から、ほとんど仕事をしていません。人気のあった雑誌連載もストップしています。つまり、無職なんです。

しかも、プライベートの時間まで丸ごと、麻央さんの看病や子どもたちの子育てにつぎ込んでしまって、趣味のスキューバダイビングも、全くできない状態なんです。

市川海老蔵さんにすれば、自分の妻以外の女性に、そこまで自己犠牲をさせていいのかと、当然、思うはずですよね。

そこで、市川海老蔵さんは、小林麻耶さんとの別居の道を選んだ――。

最後のお別れが、ハワイ旅行でした。

小林麻央さんの新盆が終わった8月17日(木)から25日(金)まで、市川海老蔵さんは子どもたちとハワイで夏休みを過ごしました。

現地では、小林麻耶さんと母・春美さんも合流しました。

麻央さんの闘病中、ずっと付き添ってくれていた2人への感謝の気持ちを込めた慰労旅行だったみたいです。

でも、同時に、市川海老蔵さんの心には、

「このまま、小林麻耶さんに頼ってばかりいてはいけない」

という気持ちも芽生えていたんですね。

夏休みの旅行で最高の思い出を作って、一つの区切りにしようという気持ちが、市川海老蔵さんにあったと言います。

この伏線のあと、9月5日の納骨式、さらに9月17日の引っ越しがあったんだと思います。

市川海老蔵と小林麻耶の別居は偽装か?

では、このまま、市川海老蔵さんと小林麻耶さんは、別れてしまうんでしょうか?

いろんな見方がある中で、市川海老蔵さん一家の日本一のウオッチャーのわたしは、

「違う!」

と判断します。

芸能マスコミやスポーツ紙は、麗禾ちゃんの小学校“お受験”を忘れています。

麗禾ちゃんの第1志望校で、市川海老蔵さんと小林麻耶さんの母校ある青山学院の初等部の入試日程がすでに発表されています。

青山学院の公式発表によると、入試日は11月1日(水)から11月4日(土)の間とされています。

しかし、4日間のうちの2日間の受験日がいつなのか、青山学院は、今年は10月19日(木)の入試日程説明会まで、明らかにしないんです。

当ブログ既出の学習塾塾長(30代男性)に、改めて聞きました。

――青山学院初等部の2日間の入試日は、いつなのか、分かりますか?

「いや、それは、ちょっと――。慶応義塾幼稚舎など、他校の状況もありますからね。現時点では、どこの学習塾や幼児教室もまだ予想していないはずです。

でも、あえて予想すると、わたしは11月3日(金・祝)と4日だと思います。青山学院の初等部は、両親そろっての面接を義務づけているので、最も両親がそろいやすいというか、行けないとクレームのつけられない11月3~4日を選ぶと思います」

――本当ですか? 翌11月5日は、キリスト教の安息日である日曜ですよ?

「確かに。でも、考え方にもよるんですが、日曜日に働かないのと、入試判定会議をするというのは、別に矛盾しないんですよ」

――それで、麗禾ちゃんの保護者(両親)面接には、誰が出席するんでしょうか?

「常識的に見て、麗禾ちゃんの父・市川海老蔵さんと、伯母・小林麻耶さんが出席すると思います。父方の祖母・希美子さん、母方の祖母・春美さんは、ないとは断言できませんが、現実的な合格を考えた場合、ちょっと考えられませんね」

――しかし、9月に、小林麻耶さんは麗禾ちゃんと別れて暮らし始めたわけですが……?
「いや、むしろ、そうしなければならなかったと思います。

逆に、青山学院初等部の面接官の先生に、市川海老蔵さんと小林麻耶さんの関係を尋ねられたら、どう答えます?

妹の死後、ズルズルと妹の夫と暮らし始めた女性と取られかねません。そこら辺、ピューリタニズムの伝統を継ぐ米国メソジスト教会の始めた青山学院は、潔癖な教育機関なので、だらしない問題家庭とマイナス評価を受けかねません」

――つまり、麗禾ちゃんの“お受験”のために、あえてキッパリと別居したと?

「受験的には、そう考えられます。通常のご家庭ですと、そこまで厳密になさらなくてもいいとは思うんですが、セレブの市川海老蔵さんの場合、報道を通じて、面接官の耳に届くわけですから」

――面接官の先生が、他の要素を気にするんですか?

「もちろんです。1996年秋、モデル・長谷川理恵(はせがわ・りえ)さん(43歳)との不倫スクープ報道を受けた石田純一(いしだ・じゅんいち)さん(63歳)は、ゴルフ場まで追い掛けてきたマスコミに対し『文化や芸術といったものが、不倫という恋愛から生まれることもある』と答えました。

実は、翌日、石田純一さんと松原千明(まつばら・ちあき)さん(59歳)の娘、すみれさん(27歳)の入学試験面接があったんですが、石田純一さんは、面接官に『不倫は文化とは、どういう意味ですか』と聞かれ『エヘヘヘ』と笑い流したまま、答えられなかったと言います。これは、きっかけで、お二人は離婚に進んだとも聞いております」

――麗禾ちゃんの“お受験”のために、出来合いの同居は止めたのでしょうか?

「断言し切れませんが、子どもの母親以外の、入籍していない女性との同居は、青山学院初等部の受験では、常識的にみて、マイナスポイントになると思います。なので、市川海老蔵さんはいったん、小林麻耶さんとの同居を打ち切ったのだと思います。少なくとも、受験の世界の人間は、そう見ます」

ふーん、なんですか……

だとしたら、今回の2人の別居、意外にも受験対策の偽装の可能性もあるわけですね!?

2020年東京五輪、市川海老蔵は團十郎襲名へ

市川海老蔵さんの今後について、ずっと、こんな話が囁(ささや)かれているんです。

2020年、世界中が注目する東京五輪の場で大名跡、13代目・市川團十郎を継ぐのではないか、と。

同時に、6歳になっている勸玄くんは、歌舞伎界最年少で、市川海老蔵さんが元は名乗っていた8代目。市川新之助(しんのすけ)を継ぎ、2人でお披露目するのではないか、と。

これは、歌舞伎界として、いえいえ、日本として重要なタスクです。

そうなったとき、市川海老蔵さんと勸玄くんの傍らに、お内儀となった麻耶さんが付き添っていても、まったく違和感はないと思います。

なので、別居したからと言って、市川海老蔵さんと小林麻耶さんが別れたと見るのは早計です。

わたしは、声を大にして叫びたいです。

すべては、11月の麗禾ちゃんの青山学院初等部“お受験”のためだと、わたしは見ます。

スポンサードリンク

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*