山尾志桜里のW不倫相手は?離婚相談がきっかけで夫と子を捨てる?












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保育園に子どもを預けられない母親たちの代弁者としてて、国会でヒーローとなった山尾志桜里(やまお・しおり)代議士(43歳)。だが、良妻賢母の仮面の裏で、山尾志桜里代議士は、妻子あるイケメン弁護士と不倫していました。

船出したばかりの前原誠司(まえはら・せいじ)代表(55歳)の民進党で、一時は幹事長にも推された山尾志桜里代議士。幹事長就任どころか、責任を取って民進党を離党、政治生命も風前の灯火(ともしび)です。こうなるまでに何があったのか、何が山尾志桜里代議士をここまで追い詰めたのか、渾身(こんしん)リポートです。

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落ちた「働くママ」の代表

氏名:山尾志桜里(やまお・しおり)
生年月日:1974年7月24日(43歳)
出生地:仙台市
学歴:私立聖徳学園(しょうとくがくえん)小学校(知能指数〈IQ〉130以上が入学条件)卒業、国立東京学芸大学附属大泉(おおいずみ)中学校(閉校)卒業、東京学芸大学教育学部附属高等学校(偏差値75)卒業、東京大学文科1類(偏差値82)入学、東京大学法学部卒業
職歴:2002年、司法試験合格。元検察官(東京地検、千葉地検、名古屋地検岡崎支部)。愛知7区(瀬戸市の一部、大府市、尾張旭市、豊明市、日進市、長久手市、東郷町)選出衆議院議員(当選2回)
家族:夫・山尾恭生さん(43歳)、小学1年の長男(6歳)
好きな食べ物:納豆ご飯、あんかけパスタ、鍋物

まずは、わたしの知人(40代女性)の怒るまいことか。

「山尾志桜里さんは、働く母親の代表として、国会で『保育園落ちた日本死ね!!!』と書かれた匿名ブログを取り上げ、待機児童問題について、安倍晋三(あべ・しんぞう)首相(62歳)に鋭く切り込みました。

そのときは、素晴らしい政治家だと思ったのですが、裏切られました。夫と子どもがいて、働く母親の代表だったのに……夫と子どもをほったらかして、隠れて男と密会していたのですから、開いた口がふさがりません。

しかも、相手の男性も、妻子のいる方なんですか。W不倫じゃないですか。まあ、これがご自分で会社を経営している人なら、ご自分の問題ですが、国民の税金で暮らしている国会議員なら許されません。政党交付金も含めて、年4400万円も受け取っているんです。歳費を国に返して、議員を辞めろと言いたい」

初代アニー、沿線で評判の美少女

1974年、仙台市で生まれた山尾志桜里代議士は、東京都武蔵野市(むさしのし)で育ちました。

医師の娘の山尾志桜里代議士は、小さいころから、利発で、周囲の注目を集める存在でした。

1986年、小学6年生のとき、ミュージカル「アニー」のオーディションを受け、応募者1万数千人の中から、初代の主役アニーに選ばれました(当時は菅野〈かんの〉志桜里)。

オーディションでアニーに選ばれた子は、もう1人いまして、アントニオ猪木さん(74歳)と倍賞美津子(ばいしょう・みつこ)さん(70歳)の長女、猪木寛子さんです。

猪木寛子さんは1年で、アニー役を降りたのに、山尾志桜里代議士は翌年も、アニー役を務めました。

そのまま、芸能界にいれば、今ごろは大女優さんになっていたかもしれない、と言われています。

しかし、ご両親の教育方針もあって、山尾志桜里代議士は、学業に専念するため、芸能界をやめました。

国立大学附属の中学・高校時代、山尾志桜里代議士は「ものすごい美少女がいる」と沿線で知られ渡るほどの美人でした。

東大現役合格も司法試験3浪、愛を貫き結婚

高校3年の9月、山尾志桜里代議士は裁判の傍聴をきっかけに、法曹の道を志します。

翌1993年、現役で東京大学文科1類に合格、2度の留年を経て、1999年、東京大学法学部を卒業しました。

3年後の2002年、司法試験に合格。2003年4月、司法研修所に入所します。

ちょうどその前後、山尾志桜里代議士は、夫の恭生さんと出会いました。

同い年で、東大で同学年の恭生さんですが、入学したのは理系の理科2類で、卒業は教養学部(アジア・日本研究)です。2人に直接の接点はありません。

恭生さんは卒業後、NTTに入社しますが、1年で退社します。

女性用ウェブサイトなどを運営する〈アルチェ〉を起業します。

そのころ、山尾志桜里代議士は、司法試験浪人でした。青年社長だった同い年の恭生さんは、さぞ、まぶしく映ったのではないでしょうか。

見た目がワイルドな恭生さんに、山尾志桜里代議士はぞっこんになって、交際を始めました。

2004年、恭生さんは、ホリエモンこと堀江貴文氏率いる当時の〈ライブドア〉に〈アルチェ〉を売却。〈ライブドア〉の上級執行役員に就任しました。

同じ2004年10月、山尾志桜里代議士は、検察官に任じられ、東京地検に着任します。

2005年4月には、千葉地検に異動。

その間、恭生さんと山尾志桜里代議士は順調に交際を重ねていったのですが……

2006年1月、ホリエモンは不正な株取引をした疑いで、東京地検特捜部に逮捕されます。
恭生さんは、ホリエモンの逮捕後〈ライブドア〉を退社しました。

退社前から、恭生さんの会社を、特捜部が内定しているのですから、山尾志桜里代議士の上司も、それとなく交際を注意していたみたいです。

2006年4月、山尾志桜里代議士は、名古屋地検岡崎支部に異動。これは、あからさまな左遷ですね。

それでも、山尾志桜里代議士の意思は固く、周りの反対を押し切って2006年、恭生さんと結婚しました。

披露宴会場では、ライブドア関係者と検察関係者が同席して、何とも言えない居心地の悪さだったと言います。

2007年12月に、山尾志桜里代議士は検察官を退官しました。

落選中を支えた夫、楽しみは晩酌

旧・民主党の落下傘候補として愛知7区から立候補を目指し、2009年の総選挙(政権交代選挙)で初当選しました。

山尾志桜里代議士は2011年、長男を産んでいます。

ところが3年後、逆風の吹いた2012年の総選挙で、山尾志桜里代議士は落選しました。

失意の山尾志桜里代議士を金銭面で、精神面で支えになったのが、資金管理団体の会計責任者でもある夫・恭生さんでした。

2年後の2014年の総選挙で、山尾志桜里代議士は返り咲きを果たします。

2016年3月には、民進党の政調会長に就き、公私ともに充実した時期を過ごしています。
当時、山尾志桜里代議士は、インタビューにこう答えています。

「毎朝5時起きです。子どもが起きるのが7時なので、最初の1時間で仕事の準備をして、次の1時間で朝食の準備、掃除、洗濯と1日の家事をやってしまいます」

「へとへとになる毎日を癒(い)やしてくれるのは、息子とのハグと、主人との芋焼酎ロック晩酌です」

山尾志桜里代議士を一躍有名にしたのは、2016年2月の衆議院予算委員会です。

「保育園落ちた日本死ね!!!」と書かれた匿名ブログを取り上げ、舌鋒(ぜっぽう)鋭く、安倍首相を問い詰めました。

「総理、論点がズレています! あなたの感覚はおかしい!」

幹事長に内示の夜、36階のダブルルームでお泊まり

今回、山尾志桜里代議士がW不倫したと報じられた相手は、9歳年下のイケメン弁護士・倉持麟太郎さん(34歳)です。

氏名:倉持麟太郎(くらもち・りんたろう)
生年月日:1983年1月16日(34歳)
出身地:東京都渋谷区
学歴:慶應義塾大学法学部法律学科(偏差値70)卒業、中央大学法科大学院修了
職歴:2011年、司法試験合格。仁平(にへい)総合法律事務所(横浜市中区)を経て弁護士法人Nextを主宰
得意分野:企業コンサルタント、離婚・男女問題
出演:「モーニングCROSS」(TOKYO MX)レギュラーコメンテーター、「報道特集」(TBS系)、「ユアタイム」(フジテレビ系)

9月2日(土)の午後8時ごろ、JR品川駅にほど近い品川プリンスホテル1階ロビー。

家族連れでにぎわう中を、白いシャツにジーンズ、ボストンバッグを肩に掛けた山尾志桜里代議士は、フロントでチェックイン。カードキーを受け取ると、足早にエレベーターに向かいました。

山尾志桜里代議士が入ったのは、東京の夜景が一望できる36階のダブルルームです。念のため、ツインではありません。ダブルベッドに枕が二つ置かれたダブルルームです。くどい(笑)。

20分後、濃紺のスーツにノーネクタイ、精悍(せいかん)な顔付きの倉持麟太郎弁護士が、黒いキャリーケースを引いて、ホテル2階のエントランスに現れました。

左手には、ワイン専門店で買い求めた赤ワインと、ビールの入ったレジ袋を提げています。倉持麟太郎弁護士は、そのままフロントを通さず、直接、山尾志桜里代議士の待つダブルルームへと入ってゆきました。

ちょうど、この日は、山尾志桜里代議士は、就いたばかりの前原誠司代表から幹事長就任への内示を受けていました。

東京の夜景が一望できるダブルルームで、2人は、成功に酔って、甘いひと時を過ごしたのでしょうね。

2人がチェックアウトしたのは、翌3日の早朝でした――。

山尾志桜里代議士と倉持麟太郎弁護士は、確認できるだけでも3回以上、逢瀬(おうせ)を重ねています。

8月28日(月)20:00~29日(火)4:30、倉持麟太郎弁護士の管理する東京都渋谷区内のマンション

8月31日(木)19:00~21:30、東京・恵比寿のイタリアンレストラン→21:40~9月1日(金)2:300、上記のマンション

9月2日(土)15:30~名古屋市で地元イベント〈山尾しおりとあなたの納涼まつり2017〉で同席→17:00イベント終了後、2人は新幹線で東京へ→品川駅に到着後、上記の品川プリンスホテルに同宿→9月3日(日)午前、山尾志桜里代議士、松山市で民進党の愛媛3区補選、白石洋一候補の事務所開きに出席→16:00、帰京。山尾志桜里代議士、渋谷区東1丁目の倉持麟太郎弁護士の自宅兼事務所で1時間すごす→倉持麟太郎弁護士、山尾志桜里代議士を愛車アウディで自宅に送り届ける

夫の金銭トラブルで、山尾志桜里代議士が離婚相談

一説には、2人の関係は、昨年から始まったとされています。

2017年の倉持麟太郎弁護士の誕生日、1月16日も2人でお祝いしたそうです。

二人きりのときは、お互いを「シオちゃん」「リンくん」と呼び合っています。

きっかけは、恭生さんの金銭トラブルでした。

〈ライブドア〉を退社後、恭生さんは〈アメーシア〉〈セレージャーテクノロジー〉〈Loyal Sun Holdings〉とIT企業を起こすも、経営を軌道に乗せられず、苦しんでいました。

IT業界は慢性的な人手不足で、恭生さんが仕事をとってきても、システムを開発するスタッフが揃わなかったとか。

そのうち、クライアントからクレームが出始めました。

「手付け金を払って仕事を発注したのに、システムが納品されない。詐欺ではないのか」
さらに、個人投資家らが、恭生さんの違法行為によって、5億円余りの損害を被ったとして刑事告発しています。

訴えによると、恭生さんは、個人投資家らに〈アメーシア〉に出資させた資金を、ひそかに〈セレージャーテクノロジー〉や〈Loyal Sun Holdings〉に流出させていたと言うんです。

被害者の会が結成されて、山尾志桜里代議士の議員会館の事務所にまで、トラブルが持ち込まれるようになりました。

山尾志桜里代議士は、最初は恭生さんをかばっていましたが、大学時代の友人には率直な気持ちを漏らすこともあったそうです。

「夫が何の仕事をしているのか、分からない」

恭生さんの会社に巨額の訴訟が起こされるという話も聞こえてきました。

ここに至って、山尾志桜里代議士は恭生さんを見限り、2016年末ごろから、夫婦で離婚の話し合いを持つようになりました。

夫婦双方、弁護士を立てて、離婚に向けて話し合いを重ねているさなか、今回のスキャンダルが起こりました。

そう、山尾志桜里代議士が立てた弁護士こそ、倉持麟太郎弁護士だったんです。

今回のW不倫報道を聞いて、恭生さんは初めて山尾志桜里代議士の不倫を知ったとか。

最初に弁護士と不倫をしていると恭生さんが聞いたとき、まったく別人の、夫婦共通の友人である弁護士が頭に浮かんだとか。

それが、まさか山尾志桜里代議士が立てた9歳下のイケメン弁護士とは!

山尾志桜里代議士は、民進党に離党届を出した9月7日(木)付のブログで、以下の弁解をしています。

「本日発売の週刊誌報道に端を発し、大変なご迷惑をおかけする事態になってしまいました。
本当に申し訳ありません。
今回の事態を受けて、本日離党届を幹事長に提出してまいりました。

倉持弁護士には、政策ブレーンとして、政策の立案・起案や質問・スピーチ・原稿などをお手伝いいただいてきました。
打ち合わせと作業のため、倉持弁護士とは頻繁にコミュニケーションをとってまいりました。打ち合わせ場所は、双方の事務所や会食の席上である場合がありますが、同弁護士のご自宅の場合もありました。
また、記事記載のホテルについては、私一人で宿泊をいたしました。

倉持弁護士と男女の関係はありません」

一方、倉持麟太郎弁護士は現在、自宅兼事務所に愛車のアウディを残したまま、姿を消しています。

今回の一件で、山尾志桜里代議士と恭生さんの離婚交渉は、いったん白紙に戻るでしょう。

再び、離婚交渉が始まったとしても、山尾志桜里代議士側には、相当に厳しい条件が突き付けられるのは間違いありません。

働くママ代表が落ちた不倫の落とし穴。山尾志桜里代議士の支払わなければならない代償は、あまりにも大きいとしか言えません。

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