多田修平(陸上100m)の家族や彼女は?日本人初の9秒台で金めざす!












スポンサードリンク




6月10日に行われた2017日本学生陸上競技個人選手権大会(神奈川県平塚市のShonan BMW スタジアム平塚)の男子100メートル準決勝で、多田修平(ただ・しゅうへい)選手(20)=関学大=が、追い風4.5メートルの参考記録ながら、9秒94のタイムをたたき出しました。

日本人が、日本の競技場で初めてマークした9秒台です。さわやかなイケメンの多田修平選手。どんな育ち方をしたのか、とっても興味がありますよね。コーチとの出会いや家族、彼女の噂を緊急リサーチしてみました。

スポンサードリンク

高校時代は、ほぼ無名

氏名:多田修平(ただ・しゅうへい)
生年月日:1996年6月24日(20歳)
出身地:大阪府東大阪市

家族:両親、弟
学歴:東大阪市立石切(いしきり)中学校卒業、大阪桐蔭高等学校(偏差値41~69)卒業、関西学院大学法学部(偏差値52.5~55.0)3年在学中
身長:176センチ
体重:66キロ

足サイズ:27.5センチ
100メートルベストタイム:10秒08(日本記録歴代7位タイ)

好きな食べ物:スイーツやパフェ

好きな歌手:エド・シーラン

多田修平選手は「運動会で走るのが好きだった」からと、中学から本格的に陸上を始めたそうです。

2011年に行われた第65回大阪中学校総合体育大会の男子陸上100メートルの決勝で、出場8人中、11秒52で5位に入賞した記録があります(陸上の入賞は6位まで)。

うーん、微妙な数字ですよね。これって、学校一速くても、県では5、6番って感じで、どこの中学校にもそんなタイプの子っていましたよね。

小学校の頃から柔道に打ち込んできて、今年こそ県大会優勝と意気込むんですが結局、準々決勝で敗退しちゃうような。

そんな多田修平選手は、中学を出て、高校は私立の大阪桐蔭高校に進学しました。

大阪桐蔭高校は一種の“文武別業”で難関国公立大・難関私立大を目指すⅠ類と、国公立大学・難関私立大学を目指すⅡ類、体育・芸術などに励むⅢ類に分かれるんですが、さて、多田修平選手は何類だったんでしょうか。

まあ、常識的に考えてⅡ類だったのかなあ。関学大に進んだわけですし、中学時代はさほど有名な選手でもなかったわけですから。おそらく、スポーツ特待生ではないでしょうね。

親御さんは、それだけの入学金や授業料を出して多田修平選手を私学に進ませてくれたんですね。ある程度の経済力のある家庭で育ったんだと思いますヨ。

ちなみに2016年度の大阪桐蔭高校の学費は入学金20万円、授業料62万円、積立金19万8000円、諸会費5万1000円です。入学初年度の年間学費は106万9000円で、月で割れば8万9000円余となります。相当に裕福な家庭なんでしょうね。

さて、高校に進んだ多田修平選手ですが、3年生になって、2014年度第67回全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場)に出場しました。

そのときは男子100メートル決勝で8人出走中、10秒78で6位入賞を果たしました。優勝した大嶋健太(おおしま・けんた)選手(19)=東京・東京高、現・日大=の優勝タイムは10秒64ですので、距離差に換算すると1.30メートルです。結構な差ですよね。

中3時の記録11秒52を、3年間で0.74秒(距離に換算して6.42メートル)も短縮して、11秒の壁を破ったのは、たいへん頑張ったと言えます。

でも、陸上男子100メートルの中学記録は10秒56。中学生にも負けているうえ、桐生祥秀(きりゅう・よしひで)選手(21)=東洋大=が3年時にたたき出した高校記録10秒01に比べれば、かなり見劣りがしますよね。

つまり、多田修平選手は高校時代、悪くはない選手でしたが、ほぼ無名の存在だったと言えるでしょう。

大学に進んで、一気にスパーク

2015年4月、多田修平選手は関西学院大学に進学しました。それを機に一気にタイムが縮まります。

5月の関西学生陸上競技対校選手権大会(関西インカレ)の男子100メートル決勝では10秒43で見事、初優勝を飾りました。

8月には、近畿選手権で10秒27の自己ベストをマークしました。しかし、そのレースでは、ゴール後に転倒して左足の靱帯(じんたい)を損傷。以降、秋のレースに出場できませんでした。

しかし、筋トレに励み、体重を3キロ増やしました。また、リオ五輪男子400メートルリレー銀メダリストの山縣亮太(やまがた・りょうた)選手(25)のスタートを参考にして、小刻みだったらスタートを1歩目から大きく踏み出すスタートに改善しました。

その結果、休養明けの2年生になった2016年5月関西インカレでは、15年ぶりの大会新記録10秒33で、連続優勝を達成しました。

アサファ・パウエル直伝のスタートダッシュ

そして3年生になった今年、2017年2月、大阪陸上競技協会が主催する、3週間の米国遠征に参加しました。100メートル9秒72の元世界記録保持者のアサファ・パウエル選手(34)=ジャマイカ=とずっと合同練習し、スタート姿勢や肉体改造の筋力トレーニングなどで教えてもらったそうです。

日本帰国後の5月11日、関西インカレで、多田修平選手は10秒22のタイムで、自らの持つ大会記録を塗り替え、3連覇を達成しました。

続く5月21日のセイコーゴールデングランプリ川崎(川崎市等々力陸上競技場)に、多田修平選手は出場しました。

実は、その大会、山縣亮太選手が出場予定だったのですが、急な故障で欠場してしまい、1枠が空いてしまいました。

そこで、日本陸連強化委員会の短距離部長で、100メートル10秒00の日本記録保持者でもある伊東浩司(いとう・こうじ)さん(47)の推薦で、多田修平選手の出場が決まったそうです。

甲南大学教授でもあり、関西学生陸上競技連盟のヘッドコーチを務めている伊東浩司さんならではの、抜擢(ばってき)だったのでしょうね。おそらく、伊東浩司さんは早い時期から多田修平選手に注目していたのだと思います。

中盤までガトリン選手をリード

さて、セイコーゴールデングランプリ川崎ですが、注目の目玉はリオ五輪男子100メートル銀のジャスティン・ガトリン選手(35)=米=で、日本からはサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(18)=米フロリダ大=、ケンブリッジ飛鳥選手(24)ら有名選手が一堂に会し、日本人初の9秒台の記録が期待される大一番のレースでした。

号砲が響くと同時に、多田修平選手がトップで飛び出し、50メートルまで何とガトリン選手をリードしたのです。

最後はガトリン選手、ケンブリッジ選手にかわされて、結局3位となりました。でも、サニブラウン選手や、100メートル9秒99の中国記録を持つ蘇炳添(スー・ビンチャン)選手(27)には上回りました。向かい風の悪コンディションの中、10秒35で走り切った多田修平選手は、タイム以上のインパクトを残しました。

レース後、ガトリン選手は、

「素晴らしいスタートを切った選手がいた。彼こそが今日のダークホースだよ」

と2位のケンブリッジ選手を差し置いて、多田修平選手を絶賛しました。

多田修平選手は、こんなふうに振り返っています。

「スタートはちょっとミスをすることが多かったので、こういう大舞台で好スタートを切れて、大きな経験、収穫になりました。ガトリン選手の前を走って『イケる!』と思ってしまって……。後半はそれで力んでしまったのもあります」

多田修平選手の驚異的なポテンシャル

そして、多田修平選手は6月10日の日本学生個人選手権準決勝で、追い風4.5メートルの参考記録ながら、日本国内で日本人初の9秒94の走りを見せたのです。

しかも、同じ日に行われた決勝では、日本歴代7位タイの10秒08で優勝しました。

また自己ベストの10秒22を、0秒14も更新しました。距離に換算して、1.39メートルです。進境著しいとは、まさに現在の多田修平選手を言うのではないでしょうか。

陸上関係者は、多田修平選手を絶賛しまくりです。

「追い風とはいえ、9秒台で走って、次のレースでこの好タイムです。筋肉の消耗は激しいのに、恐るべきポテンシャルです」

家族や彼女の噂は?

多田修平選手のご家族は、今も東大阪市にお住まいだそうです。

弟さんが一人いるそうです。

しかし、多田修平選手のツイッターをチェックしていても、家族や弟さんの記述は全く見られません。

でも、これだけ有名になれば、親御さんも当然、メディアの取材を受けるようになるでしょう。多田修平選手の活躍次第で、ご紹介できると思います。

ただ、多田修平選手ご自身がまだ学生でアマチュアの身分なので、現時点で、一般人のご両親を紹介するのは適当ではないと思います。ましてや、弟さんは未成年です。なので、これ以上のリサーチは控えたいと思います。

さて、彼女の存在ですが、今年で21歳になるビッグネームのイケメンアスリートに、彼女がいないほうが、むしろ不思議でしょう。おそらく、日本でも、米国でも、多田修平選手はモテモテだったのではないでしょうか。

失礼ながら、日本短距離陣の中では、唯一のさっぱりした醤油(しょうゆ)顔。他の選手が濃ゆいソース顔男子ですので、これはもう女性たちがほうっておかないのではないでしょうか。

そっちのほうは引き続き、粘り強くリサーチを続けますので、何かご報告できるようであれば、後ほど追記しますね。

夢の9秒台で、世界へ羽ばたけ

さて、日本短距離陸上界の至宝、多田修平選手の次の注目レースは6月24日(土)、ロンドン世界陸上選手権の代表選考を兼ねた日本選手権(大阪市ヤンマースタジアム長居)です。

男子100メートルではついに、多田修平選手と桐生選手、山縣選手らの初対決が実現します。自己ベストの順番では、多田修平選手は4番目。多田修平選手の効果で、ついに日本人初の9秒台が出るかもしれません。

氏名 年齢 自己ベスト
桐生祥秀 21 10秒01
山縣亮太 25 10秒03
多田修平 20 10秒08
高瀬慧 28 10秒09
ケンブリッジ飛鳥 24 10秒10
サニブラウン・アブデル・ハキーム 18 10秒18
大瀬戸一馬 22 10秒19
長田拓也 23 10秒19

くれぐれも当日、2メートルよりも速い追い風が吹きませんように。公式記録は風速2メートル以内です。

ちなみに、追い風参考記録では、桐生選手が9秒87(2015年3月、追い風3.3メートル)、ケンブリッジ選手が9秒98(2017年4月、追い風5.1メートル)です。

6月24日の大一番のレース開始時刻は20:38です。もしかしたら、テレビ中継されるかもしれませんよね。楽しみです。

多田修平選手、夢の9秒台を記録し、ぜひ世界選手権で頂点を目指してください。心から、応援しています。

 

スポンサードリンク

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*