三原舞依が四大陸選手権で金!家族と彼氏や難病の過去をリサーチ












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2018年平昌五輪のプレ大会のフィギュアスケート四大陸選手権が2017年2月16日、韓国の江陵アイスアリーナで開幕しました。日本女子は注目の若手、三原舞依(みはら・まい)さん(17)=神戸ポートアイランドクラブ=がショートプログラム(SP)で会心の演技、66.51点で4位となりました。

そして今日、2月18日、大一番のフリーで、三原舞依さんは見事、フリー134.34点のトータル200.85点で初優勝しました。おめでとう、三原舞依さん! 初のビッグメダル、夢の200点超えですね。ここに至るまでの道のり、難病の過去、さらに家族や彼氏の噂をリサーチしました。

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会心演技で四大陸選手権SP4位!

本名:三原舞依(みはら・まい)
生年月日:1999年8月22日(17歳)
出生地:兵庫県神戸市
学歴:神戸市立飛松(とびまつ)中学校卒、兵庫県立芦屋高校(偏差値56)2年在学中
身長:154センチ
血液型:A型
コーチ:中野園子(なかの・そのこ)、グレアム充子(みつこ)
振付師:マッシモ・スカリ、佐藤有香(さとう・ゆか)
元振付師:マリナ・ズエワ、川越正大(かわごえ・まさひろ)、太田由希奈(おおた・ゆきな)
所属クラブ:神戸ポーアイランド・フィギュアスケートクラブ(FSC)
ISUパーソナルベストスコア/
トータルスコア: 190.92(2016年、GP中国杯)
ショートプログラム:68.48(2016年、GP中国杯)
フリースケーティング:125.92(2016年、CSネーベルホルン杯)
趣味:買い物、フィギュアスケート観賞

三原舞依さんは、神戸生まれの神戸育ちです。生粋の神戸っ子なんですね。もしかしたらNHKの朝ドラ「べっぴんさん」に出て来る子ども服ブランド〈キアリス〉のモデルとなった皇室御用達の子ども服ブランド〈ファミリア〉を着て育ったお嬢様なのかもしれませんね(笑)。

憧れの浅田真央(あさだ・まお)さん(26)に惹(ひ)かれて始めたフィギュアスケート。

小学6年の12歳で参戦した2012~2013年シーズン、全日本ノービス選手権で3位に入り、初出場となった全日本ジュニア選手権では8位に入賞しました。

さらに、2013年3月23日から24日かけて、ルクセンブルクで行われたプランタン杯(主催・ルクセンブルクスケート連盟)のアドバンスドノービスクラスで、26人中1位と初優勝を果たします。

ノービスとはいえ、中学1年の13歳で、曲がりなりにも国際大会で優勝しちゃうんですから、やっぱりタダ者じゃないですよね。

2013~14年シーズンには、アジアフィギュア杯でジュニアクラスで2位に入りました。ちなみに、優勝したのは、同じ神戸出身の、中野薗子コーチの門下生で、1学年下の坂本花織(さかもと・かおり)さん(16)ですよー。

坂本花織さんは神戸FSCで、三原舞依さんは神戸ポートアイランドFSCなんですが、この違い、よく分かりづらいですよね。まあ、気にしないでください。とにかく、同じ中野薗子コーチのお弟子さん仲間ということで(笑)。

ISUジュニアグランプリ(JGP)シリーズに初参戦し、JGPミンスクに出場しました。

全日本ジュニア選手権では本郷理華さん(20)に続いて2位に入り、同大会で初めて表彰台に立ちました。

それを受けて初出場となった2013年第82回全日本フィギュアスケート選手権では、SPで20位と出遅れましたが、フリーでは8位に入り、総合で何と12位になりました。

その年の大会は、ちなみに女子シングルの優勝は鈴木明子(すずき・あきこ)さん(31)、2位は村上佳菜子(むらかみ・かなこ)さん(22)、3位は浅田真央さん(26)、4位宮原知子(みやはら・さとこ)さん(18)、5位が今井遥(いまい・はるか)さん(23)、6位が本郷理華(ほんごう・りか)さん(20)、7位が安藤美姫(あんどう・みき)さん(29)とまさにキラ星状態です。

男子の優勝は、羽生結弦(はにゅう・ゆづる)さん(22)、2位は町田樹(まちだ・たつき)さん(26)、3位は小塚崇彦(こづか・たかひこ)さん(27)、4位は織田信成(おだ・のぶなり)さん(29)、5位は高橋大輔(たかはし・だいすけ)さん(30)、6位が無良崇人(むら・たかひと)さん(26)、7位が宇野昌磨(うの・しょうま)さん(19)、8位が田中刑事(たなか・けいじ)さん(22)。ハァハァハァ……。

今思うと、日本フィギュアスケートの黄金期だったんじゃないかと思われる年の大会で、14歳だった三原舞依さんは、何と12位ですからね。どんぐらい、すごかったか、分かりますよね。

2014~15年シーズン、三原舞依さんはJGPリュブリャナ杯に出場し、6位となりました。全日本ジュニア選手権では7位となり、全日本選手権では9位でした。そのシーズンの締めくくり、2015年ガルデナスプリング杯ではジュニアクラスで優勝しましたよ。

2015~16年シーズンでは、2015年アジアフィギュア杯のシニアクラスに出場し優勝しました。JGPJ&Tバンカでは2位となり、ISU主催の公式大会で初めて表彰台に立ちました。

三原舞依さんは勢いを駆って、続くJGPオーストリア杯でも2位となり、JGPファイナルに進出を決めました。

同時期、全日本ジュニア選手権ではSPSPのジャンプミスが響き15位と出遅れるも、巻き返して総合8位になりました。

初出場のJGPファイナルでは6位でした。

ところが、好事魔多し。スペイン・バルセロナでのJGPファイナルからの帰国直後、膝(ひざ)の若年性の突発性多発性関節炎(若年性リウマチ)が発症して、入院しちゃったんです。

「1万人に1人の病気だそうです」(三原舞依さん)

分かりやすく言うと、若年性のリウマチなんだそうです。フィギュアスケートの世界で、この難病にかかって、復活した選手はほぼいないそうです。

膝の関節の病気ですよ。一般人だって、膝を1日だって使わない人はいないのに、アスリートの三原舞依さんだけにね、トレーニングを続けながらの治療は相当に苦しかったと思います。

しかも、聞くところによると、三原舞依さんは生まれつき、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)といって、上唇の皮膚と骨が欠損していた状態だったらしいんです。詳しく知りたい方はググってください。

二つの難病に打ち勝って、三原舞依さんは2016~17年シーズン、ISUチャレンジャーシリーズのネーベルホルン杯で優勝しました。

また、シニアのISUグランプリシリーズに初参戦し、スケートアメリカで3位にもなりました。

素晴らしい復活ですよね。

三原舞依の家族は?

さて、その三原舞依さんのご家族なんですが、他のフィギュアスケート選手と違って一切表に出て来ない、というか、謎に閉ざされているんですね。

ここからは、わたしの推測なので、話半分に聞いていただきたいんですが、フィギュアスケートを競技者レベルで続けるには、もちろん多額のお金がかかります。

一説には、年間2000万円とも言われています。2010年バンクーバー五輪の金メダリスト、2014年ソチ五輪銀の韓国の金妍兒(キム・ヨナ)選手(26)は、3歳上のお姉さんもフィギュアスケートをやっていたのに、2人にスケートを続けさせるわけにはいかない家庭の経済事情から、お母さんがキム・ヨナ選手のお姉さんに無理やり、スケートを辞めさせました。

そのぐらい、厳しい世界なんです。そう思うとき、三原舞依さんのご両親があえて表に出ないというのはやはり、メディアに取り上げてもらうほどリッチではない、ということなんだと思います。

その証拠に、三原舞依さんの在籍している芦屋高校は県立高校。芦屋高校は1952年の第34回全国高校野球選手権、いわゆる夏の甲子園でも優勝しているスポーツ強豪校ですが、公立高校だけあって、きっと学費も安いはずなんです。

例えば、同じ近畿出身でも、ご両親が医師の宮原知子さんは立命館小、さらには関大中等部から大学に進学しています。

フィギュアスケート中心の生活なら、圧倒的に私立に進んだ方が有利なんですが、三原舞依さんは県立高校に進んだ。それからでも、想像してみてください。あまり、裕福なご家庭の出身ではないって、分かりますよね。

彼氏はいるの?

さて、愛くるしくてかわいい三原舞依さんですが、彼氏はいるのでしょうか?

まだ高校2年生の三原舞依さん、メディアもさすがに標的にはしません。よって恋人報道は皆無なのですが、男女共学の芦屋高校に通っていて、彼氏や気になる男の子がいないわけ、ありませんよね。

きっと、校内に、三原舞依さんのチョイ心に引っ掛かっている男の子はいると思います。
でも、もしかしたら、競技生活に集中している三原舞依さんには、学校で好きになった男の子など、いないのかもしれませんよね。

なので、代わりに、よく見知った顔見知りの男子選手なんかを好きになっちゃったりしていて。

しかも、この四大陸選手権で一挙に距離が近付いちゃったりして。

宇野磨昌くんとか? キャー、キャーッ! もうこれ以上、何も言えません。わたしにも生活があるので。

すいません。後は、ご想像でお願いしますね。

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